荒木飛呂彦先生の短編集『死刑執行中脱獄進行中』のあとがきの中で、
荒木先生がこんなことを書いています。
短編と長編の違いって、何なのだろうか?
読者にとっては「そんなの、どうでもいいじゃん」って感じかも
しれないけど、描く方にとっては違いを理解してないとヤバイ道に
踏み込んでしまうかもしれない。
ちょっと考えてみよう。どんな短編のタイプがあるのか?
A.登場人物の行動や思いをひたすら追いまとめた作品
B.ほんの短い時間の出来事を切り取って、そこに人生やテーマを
閃光のように象徴させる作品
C.ナンセンスやサスペンス、ムード、デザイン、エロ、グロ。
それそのものを描くのを目的とした作品
D.日記やエッセイ、手紙
荒木流「短編作品の定義」といったところでしょうか。
荒木先生は独特の作品論を持っている漫画家なので、この定義がそのまま
一般的な短編作品の定義になるかは微妙ですが、少なくとも荒木先生は
こういったタイプを意識して短編作品を描いているようです。
今回は、ここで挙げられたA〜Dの荒木流「短編作品の定義」を意識しつつ、
『死刑執行中脱獄進行中』に収録された短編作品を読んでいこうと思います。
では、どうぞ
『死刑執行中脱獄進行中』
表題作です。
殺人罪で死刑が決まった男が監獄に送られますが、この監獄が何か様子がおかしい…
電燈のスイッチを入れようとすると、そこから蜂が出てきて刺されてしまう、
食事をしようとすると、椅子は壊れ、魚のホネが顔に刺さる、
壁を掘って脱獄しようとすると、監獄の壁にミンチマシーンが仕込んであり、
腕をミンチにされてしまう!
男は、この監獄は処刑室だと気が付きます。
奇妙な監獄の中で男を次々と仕掛けが襲い、死刑の執行が開始されるのでした。
以上が本作の概要です。
冒頭の1,2ページにおいて速攻で死刑が宣告され、男は監獄に入ります。
男が何故殺人を犯したかも、わずかなページで男の独白により簡単に解説され、
物語の導入部は驚くほどあっさりです。
そして、男が徐々に処刑される本編に突入します。
男が蜂に刺されたり、魚のホネが顔に突き刺さったりするシーンが
荒木飛呂彦ならではのテイストで濃密に描かれ、そこからは
サスペンスに次ぐサスペンス!
息もつかないように次々と男が仕掛けに襲われるさまに、
読者はハラハラさせられるのです。
この作品において、男を処刑しているであろう監獄の人間は一切描かれません。
終始、男が脱獄できるか処刑されるかの攻防が作品として描かれるのです。
そうなんです。
男の素性、何故死刑になるのか、こんな処刑監獄を運営しているのは誰なのか、
そんなことはどーでもいいのです。
この作品は記事冒頭で紹介した荒木流・短編のタイプ別分類でいうと、
C.ナンセンスやサスペンス、ムード、デザイン、エロ、グロ。
それそのものを描くのを目的とした作品
に分類されます。
この中でも、「サスペンス」を描くのを目的とした作品といったところでしょうか。
短編作品は、長編と違ってページ数が限られてますから
余計な情報は極力削って、もっとも魅せたい部分を徹底的に描くのが
荒木飛呂彦流なのです。
この作品では荒木作品の魅力のひとつである「サスペンス」がこれでもかと
ばかりに徹底的に描かれます。
結果、物語性は皆無ですが、漫画として荒木的・サスペンス要素が好きな読者にとっては
お腹いっぱい、大満足な作品に仕上がっています。
『ドルチ 〜ダイ・ハード・ザ・キャット〜』
愛子雅吾(あやしまさご)の乗ったヨットが暗礁に激突し、
漂流を始めてから6日が経った。
彼の船の食糧は底を尽き、一緒に乗っていた恋人も死んでしまった。
船に残されたのは雅吾と、彼の愛猫・ドルチのみ。
「ドルチは親友」という雅吾だったが、漂流船という極限状況の中、
ついに雅吾はドルチに襲いかかる!
ドルチ VS 雅吾。
人間と猫の食うか食われるかの戦いが始まった。
なんじゃそらって感じのストーリーですが、荒木先生らしい作品です。
この作品は「登場人物や物語の舞台も限定した方が話に迫力が出る」
という発想のもとに作り始めた作品とのことで、なるほど、舞台は終始ヨットの上で
登場キャラは雅吾とドルチのみで、超限定されています。
そういう意味では、最初の『死刑執行中脱獄進行中』もそうでした。
余計なキャラは一切ナシ、描きたいことを集中的に描くのが荒木流短編のキーかもしれませんね。
さらに、この物語の着想は当時の荒木先生の担当編集者との会話から思いついたようで、
担当が「猫が好きで好きでしょうがない。生活する上での心の希望なんだよ」
とまで言ったので、
「でも、アンデスの山中で遭難したら食べちゃうよ、きっと」
と言い返した荒木先生のイジワルがそのままコンセプトとなった作品となります。
「ドルチは親友」とまで言った雅吾がこんななっちゃうんですから、先生も相当イジワルですね。
作品のタイプは、
B.ほんの短い時間の出来事を切り取って、そこに人生やテーマを
閃光のように象徴させる作品
となります。
「極限状況に陥ったら愛猫でも食べる」というテーマを短い出来事の中に閃光のように
象徴させまくってます。
当時の担当さん、この作品読んでどう思ったんだろ・・・。
『岸辺露伴は動かない〜エピソード16・・懺悔室〜』
岸辺露伴はイタリアでの取材旅行中に、ある男から奇妙な話を聴いた。
懺悔室を取材していた露伴を、男は神父と勘違いをして罪の告白を始めたのだった。
男は当時、トウモロコシの食品市場で下働きをしていた。
その日の夕方、男がいつものように残業をしていると、一人の浮浪者が
男のもとへやってきて食べ物を乞うたのだった。浮浪者はもう5日も
何も食べていないと言う。男は浮浪者を怠け者と断定し、
浮浪者に仕事を命じてそれが終わったら食べ物を与えてやる約束をした。
ところが、浮浪者は男が命じた仕事の最中に力尽き、絶命してしまう。
「この報いは必ず償わせてやる!おまえが幸せの絶頂の時、必ずお前を迎えに行く!」
浮浪者は男への恨みを遺し、絶望しながら死んでいった。
その出来事から、男の人生は奇妙なほどに良いこと続きとなった。
男は金持ちになり、結婚をし、可愛い娘も生まれた。
その時がまさに男の人生の「幸せの絶頂の時」であった。
しかし、約束どおり浮浪者は戻ってきたのだった!
この作品は、『ジョジョの奇妙な冒険』のキャラである「岸辺露伴」の名前が
タイトルに冠されてますが、露伴は実際には物語には参加せず、あくまでも
物語の「語り部」となります。
タイトルにある「動かない」というのはそういう意味のようです。
これも、作品タイプでいうと『ドルチ』と同じく「Bタイプ」の作品となります。
荒木先生が子どもの頃、父親や祖父から言われていた
「普段、人をあざむいて生活していると一番幸福な時にバチがあたるぞ」
という言葉の恐ろしさを閃光のように象徴させたのがこの作品です。
浮浪者の復讐が逆恨みか、逆恨みでないかを審判する方法として
「ポップコーンを空中に投げて3回続けて口でキャッチする」という
一見くだらないゲームを大真面目にダイナミックに展開するところも
荒木漫画ならではの面白さでとても魅力的。
また、単純に男が主人公として物語が展開される構造ではなく、
岸辺露伴を語り部としたところも、オチのどんでん返しを効果的にみせています。
『ジョジョ』のような長編も良いですが、荒木流短編も味わい深くて良いですねぇ。
『デッドマンズ・Q(クエスチョンズ)』
わたしの名前は「吉良吉影(きらよしかげ)」。
いつ、なぜわたしが死んだのかはどうしても思い出せない。
ひとつだけ言えることは、自分は決して天国へは行けないだろうという
実感があるだけだ。
これからどうするのか?
それもわからない・・・
永遠に時が続くというのなら、「仕事」を「生きがい」に
しておけば幸福になれるかもしれない。
なぜわたしには部屋がないのか・・・今夜はどこで休もうか・・・
この作品は『ジョジョ』4部の最後の敵であった「吉良吉影」の幽霊を
主人公とした作品です。
吉良は生前の記憶を何ひとつとして憶えておらず、したがってこの作品で
ジョジョ4部のエピソードが言及されることは一切ありません。
ジョジョ4部本編の物語とは関係がなく、ただ「吉良吉影」というキャラクターを
主人公に据えた新しい物語
それが、この『デッドマンズ・Q』となります。
作品のタイプでいうと、
A.登場人物の行動や思いをひたすら追いまとめた作品
となります。
上で紹介した三篇とは違い、この作品では主人公・吉良の思いや行動に
徹底的にスポットが当てられます。
サスペンスやホラーの要素ももちろんありますが、
それは漫画としての味付け程度であり、あくまでも主題は
「幽霊となった吉良吉影が何を感じ、どう行動しているか?」
ということになります。
なによりも心の平穏を望む吉良にとって「幽霊としての生活」は苦でしかなく、
自分の部屋もなく、音楽も読書も自由に楽しめない彼の苦悩について
作品で徹底的に触れることによって、読者は吉良というキャラをよく識ることとなり、
彼に同情なり何らかの感情を抱くことになります。
キャラありきの作品ということですね。
この吉良に共感できなければ、この作品はただサスペンス要素等に
楽しみを見出すしかない作品となりますが、
吉良に共感できれば、読者にとって心に残る作品となることでしょう。
荒木先生は吉良吉影について、「心の平穏を望んでいる」という部分について
大きく共感しており、この作品は荒木先生なりの「心が永遠に落ち着くことがない状況」
とはどういう状況か?それを克服するにはどうすれば良いか?
という解釈が漫画作品として表現されており、なかなか興味深い作品となっています。
以上が、短編集『死刑執行中脱獄進行中』に収録されている四篇の短編作品となります。
荒木先生なりの方法論で描かれた四篇は、どれも短いページながらも濃密な作品となっています。
それは、冒頭で述べたような短編を描くための工夫でもって、これらの作品が描かれているからです。
拍手ボタン
記事が面白かったらポチっとよろしくです。
【送料無料】死刑執行中脱獄進行中価格:630円(税込、送料別)